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2004年4月

実験心理学と理論心理学

Rich Gonzalezはなかなか理解の速い人だ。ただ、アイディアのすごい人かどうかは定かではない。今回は統括的なコメントしかしてなかったから。
Kahnemanの研究はあんまり調べてないのか?<そんなばかな。
以上、前説。
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物理学には、自然科学の中でもダントツに進歩した結果として避けがたいのだろうが、理論物理学と実験物理学という区分がある。
この区分(物理学ではあるいは住み分け)は心理学にも適用可能だろう。
もちろん、まだひよっこの学問であってこれを適用するのが適切なほどに進歩していないのは明白である。しかし、研究活動の内容を二分するためではなく、全体の見通しを立てるためにおいては、この区分を考えてみるのも無益なことではない。
今の心理学においてはおそらく理論心理学のほうが実験心理学よりも簡単である。それとも楽であると言ったほうがよいか。
どちらもアイディアが重要であることに違いはないが、実験心理学のアイディアを練るほうがよほど困難なことである。
しかし、私の周りでは実験のほうが簡単であるという認識が蔓延っていて、そう考える風潮があると言ってもよいくらいだ。そう、とにかく実験ばかり(実働的に)している人もいる。いわゆるデータ収集家というやつ。
実験を発案して実施するほうが理論やモデルの構築(これは彼らの文脈では考察と呼ばれる)よりも簡単だと思っている人は、ほとんどの場合、ろくでもない(きちんと詰まってない、妥当性が疑われる)実験をしているか、実験に理論的背景がないかの少なくとも一方である。
実験の難しさがわかっている人は、きちんとした実験をすることが多い(または、常にそう努めている)。しかし彼(女)らは逆に、実験の厳密さを尊重しすぎて飛び跳ねるような理論的パースペクティブを持ち出そうとすることは少ないように見える。悪く言えば、夢がない。
一人が実験と理論の両方やらなければいけない(いや、やることができて幸せな)心理学の現状で、この両者のバランスがうまくとれている人はまったくもって数少ないと言わざるを得ない。
かく言う私も、偏ってしまっているうちの一人である。

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犬の魂

「犬には心があるか」
「犬には意識があるか」
「犬には感情があるか」
「犬には魂があるか」
「犬には言語があるか」
「犬は考えるか」
「犬は見るか」
「犬は理解するか」
「犬は過去をふりかえるか」
「犬は他者に心があると思うか」

映画「イノセンス」の監督、押井氏は「感情があるとか意識があるという事と魂があるという事とは話が別だ」と語っている。

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