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論理はどこまで社会文化的に還元できるか?

私は論理自体の証明ができない。ルイス・キャロルの「亀がアキレスに言ったこと」と同様である。またこれはゲーデルの不完全性定理が言っていることと同じなのかもしれない。
私は社会文化的に共有されるものとしてlogicを考える。つまり、絶対的根拠を疑おうというのである。
論理的法則は、一部の学者にすれば「宇宙の法則」とまで言いまわされるものである。
相対主義的な観点からすれば、logicもまた我々にとって真であるだけなのかもしれない。
しかし、証明ができずともそれが真であると信じていることから考えて、それが社会文化的なものですべて説明できるかというと、そう断言するのは少々早すぎるように思う。
どこまで還元できるのか、還元できない部分はあるのか、それが宇宙の真理なのか、はたまた好都合な作り物か?
この問題は私が取り組んでいることの重要な柱の一つである。

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