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心理学の基礎づけ

思い出したように書こう。
これはまだここには書いていないことがわかったので。
心理学者がやらなければならないことの一つは、それで本当に心を解明することができるのか、ということを問うことである。「それで本当に~」というのはここでは、方法論的にそれでよいのか、という意味である。つまり、自身の用いている方法で本当に目標に到達することができるのかを問い続ける、ということである。
ある心理学者は、これは心理学者の仕事ではないと言われるかもしれない。しかし私はこれは心理学者の仕事だと思っている。というよりも、他のだれがそんなことをやってくれるというのか。これで正しいのだと胸を張っているのは当の心理学者たち本人だけであって、他の論者はそれを(否定はしない者もいるだろうが)積極的に肯定してやろうとは思わないだろう、思う必要がないのだから。
このご時世では、残念ながらこれは、心理学者が自分でやらなければならない正当化の一つとなっている。よく語られる歴史にあるように、心理学はその発祥からこの問題に悩まされ続けてきた(正しくは「哲学は」だと思うが)。しかし、認知心理学が台頭した今日だからといって、この問題から解放されたと思ってはいけない。むしろ、最近の方向性を見ていると、より議論は白熱しなければならないはずだ。しかし、(海外はどうだか知らないが)日本でそのような動きを見ることは、ごくごく一部の方々を除いて稀である。
心理学はこの爆弾を常に横に抱えて進まなければならないだろう学問である。なぜならそれが心理学が認知科学の一部たりえる資格をもたらすのであり、この問題とともに歩むのがしばらくの認知科学の宿命だと見えるからだ。
認知心理学者はみな、自らの方法論を疑うことを忘れてはならない。そしてまた、あらたな方法論を構築するという方向があることも忘れてはならない。
現在の心理学は、すべてその方法をとることの妥当性の論証の上にそびえるものである。現在の認知的心理学方法論は、ありうる探求の道の一つであり、常に他の方法論と比較によってその利点や優位性を確認されながら用いられるべきものである。この確認を怠ることは、まだこの学問にとってゆるされる範囲には入ってきていない。
学者よ、心理学を基礎づけることを、そして心理学を疑うことを未だ忘れなきよう。

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