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5%

有意性検定において「帰無仮説が真ならばこの値(臨界値)以上の統計量が得られる確率は5%。だから帰無仮説を棄却する」とかって言うよね。んで5%っていうのは慣習なんだよね。(この数字には今日はいちゃもんつけないでおく。)
これを習ったときからずっと疑問なんだけど、なんでそんな風に勝手に5%の範囲を決めるの?っていうか、なんで外側に積分するの?
帰無仮説検定は帰無仮説が点仮説だから云々・・・っていうのはよく聞く問題点で、それはそれでおかしいと思うんだけど、それとは別で、上の話については本とかには書いてないんだよね。
発生確率は5%で、珍しいから、帰無仮説を棄却するほうが合理的、ってみんな言うんだけど、おかしいよね。実は「珍しい->棄却」に関しては(私にとっては)2つ問題があって、どっちも変だと思うんだけど、もう1つのほうはまた今度で、今日は1つだけ。
5%の区間ってどこ取ってもいいじゃん!と初心者は思う。なので、なぜp値を計算するときに、得られた統計量の点から外側(平均値と離れる方向)に積分(累積)するのか、その道理がわからない。同じ5%だったら、平均値の周りでも5%の区間がとれるはず。じゃあ、そこに入るデータを得たときは同じくらい珍しいじゃないか。なぜ分布の端の5%だけ特別扱いする(帰無仮説を棄却する)んだ?中途半端な位置で取った5%区間だって同じ5%のはずだ。そう考えると、どこの区間の5%でも(すなわちどんなデータでも)同じ論理で帰無仮説が棄却されることになってしまう。
これって、人間の感じる確率の話と似たようなところがあると思うんだよね。例えばサイコロ3つ振って1,2,3って目が出たら、人は「おお!」って言うんだけど、1,4,6でも同じ確率なんだよね。1月1日に生まれた人に「おお!」って言うけど、1月26日に生まれた人だって同じくらい珍しいはずなんだよね(細かい要因除けば)。2000年になるときにみんな騒いだけど、あれもおかしくて、1000年に1度って言うなら今日だってそうだよ。
こんな余談はともかく、分布の端だけを特別視する理由が未だ不明です。
学部で統計的検定を習ったときに教授にこれを質問したけども、答えは出ませんでした。
最近、決め手は信頼区間かなぁって思うんだけど、どうかなあ。
こないだ統計学者に聞く機会逃したしなあ・・・。

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