« 認識の限界 | トップページ | 感情と直観 »

後出し統計学

統計学を勉強せずともあるていどはやっていけるだろうとふんで根拠のない自信を振りかざしている人々がたくさんいるのだが、これはまったくのヒューリスティックにほかならない。直観に頼ってもたまたま都合のいい結果が付いて来た(まぐれ当たり)ってだけ。
そりゃまあ、私の持説からすれば人間のやっていることはぜんぶヒューリスティックなんだけど、それにしてもそんな部分はできるだけ少ないほうが良いっていうか、学問というタイプの活動をするときはとくにそうだ。だからそんな自信はないほうが良い。
統計学は必要になってからやればいいなんて、そんな考えは捨てなされ。必要だってことはわかってるんだから。データを集めて分析する段にならないと統計学なんて自分の研究にからんでこないと思っている人はまったく間違いというか、科学的研究ってものがこれっぽっちもわかっていない。「統計学をツールとして使えればよい」とか言う人がいるんだけど、細かく考えるとこれは誤りで、現代ではツールというよりもほぼグラマーである。ツールってのは選択肢があるんだよ。しかし統計学的現代科学にはそんな余地はほとんどない。「ユーザとしての統計学」と「ツールとしての統計学」は言っている意味が全然違う。
物事を調べる、ということを始める段ですでに自分のやれることの方向性が制約されているんだ、ということに気づいていないから、「後出し統計学」ができるように見えてしまうんだろう。ぜんぜん後出しじゃないぜ。始める前から君がパーを出すことは決まっていたのさ。

|

« 認識の限界 | トップページ | 感情と直観 »

Α 科学の諸問題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/26863/479090

この記事へのトラックバック一覧です: 後出し統計学:

« 認識の限界 | トップページ | 感情と直観 »