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進化は論理、合理性は?

日心中日。

WS「合理性の分化と統合」で、時間軸が入ると厄介になる、すなわち、短期的な合理性と長期的な合理性の間に統合に対する障壁の実質がある、というコメントが出たが、それは誤解だと私は思う。
コンフリクトを生み出しているのは目的の体系だ。複数の目的を同時に考えようとしたときに問題が起こる場合があるのであって、時間軸でずれているからというのは本質的ではない。これは合理性が目的と密接に絡んでいるという以前書いた話と関係する。

それと、ダーウィニアンな進化の原理と進化心理学的合理性をごっちゃにしてはいかん。ぜんぜん合理性の話になっていない。まあ当人も「進化は論理」という話で趣旨とずれるかも認めているので批判ではないのだけど。「進化は論理」について長谷川&長谷川(2000)を引用していたが、そんなことはもっと前からみんな言ってる。何の斬新さもない。教科書的な本でも、たしかMaynard Smith(1986) (邦訳は1990)にも書いてたぞ。「進化は生物の基本的性質に関するいくつかの前提が真だとすればそこから出てくる論理的帰結である」みたいな表現で(手元に本がないからきちんとした引用でなくてごめんなさい)。前提もちゃんと列挙してた。
専門家なのだから「進化心理学的合理性とは何を指すか」を浮き彫りにしてほしかったなあ。これってぼやけてると思うし。

というのは、


  1. 進化の原理にしたがって(ヒトを含めた)生物全体が変化してきたこと。

  2. 進化の過程を経て現代のヒトに備わっているサブシステムあるいはモジュールがいくつかあって、今もヒトの行動産出にそれらが用いられていること。

  3. 現代のヒトに備わっている「すべての」機能(サブシステム、モジュールとそれらのセットによってもたらされる)は進化の結果として得たものだから、現代のヒトが働かせるどのような機能も適応的と考えること。


進化心理学的合理性の議論の中ではよくこれらがごちゃごちゃになっている。
私の個人的な意見からすると、明らかに3.は間違い(で、私は進化心理学者とケンカしてしまう)。
なぜなら、a)システムの全体性を考慮していない、また、b)適応度は環境との相対によって決まることを考慮していない。

動機WSについては白熱するので別記。

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