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白いカラス

帰納推論の正当化不可能性を示す例としてよく挙げられる白いカラス。

黒いカラス(個々の事例)ばかりを繰り返し観察したことから、「カラスは黒い」という一般命題を導く。
これが帰納。

しかしこの推論は論理的に妥当な推論ではない。すなわち、これまで観察したカラスがすべて黒かったからといって、以後に観察するカラスもすべて黒いという必然性はなく、次に観察するカラスはもしかすると白いかもしれない(その可能性を完全に否定できない)。よって帰納によって導かれた「カラスは黒い」という一般命題は常に真である保証はない。

こういうのが帰納批判として登場する白いカラスの話。

さてさて、昔、帰納推論の研究をしていたときにふと思いついた、この帰納批判論法への反論ネタを紹介しよう。

これまでに観察したカラスがすべて黒かったとき、われわれは「カラスは黒い」という一般命題が真だと言ってよい。なぜなら、この場合、「カラス」と言われているのはこれまでに観察したカラスであるはずだからだ。命題が特殊ではなく(個別的ではなく)一般的だと言っても、その範囲(観察した範囲)にしか一般化していないし、し得ないことになる。というのも、白いカラスの存在を否定できない以前に、観察した他にカラスが存在するということすら論理的保証がない。
では、命題「カラスは黒い」の「カラス」にはこの次に観察するカラスは含まれていないのか?Yes、含まれていない(含まれるべきではない)。よし、ならば、この次に観察するかもしれない黒いカラスのような鳥はいったい何で、われわれはそれをどう認識すればよいのか?心配ない、それは新たなカラスと言って問題ない。これまでに観察していないカラスの事例を新たに観察した時点で、「カラス」の外延は拡張される、すなわちわれわれが「カラス」として指すものが改訂されるのである。であるから、日々観察を続けるにつれて、「存在が確認されたカラス」の数と「黒いカラス」の数は常に同数で増えていき、その限りにおいては(=新たなカラスが白いカラスでない限り)「カラスは黒い」という命題は常に真である。

要するに、導出された一般命題の指すものが、まだ観察していない(存在するかどうかもわからない)対象にまで広がっていると捉えているのが誤りである。

さてそれは帰納か(笑)少なくとも一般に認識されているような意味での帰納とは別物だな。これは abduction と induction の違いについての問題と絡むだろう。

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