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故意の極論

私の言うことを全部真に受けてもらっては困ります。
真っ向から反論していただくのは結構なことで、どんどんやっていただきたいのですが、私がまるで敬虔な宗教徒のごとく私の発言内容を確信を持って信じていると思っていただくのは大きな誤解です。
議論を引き出し、要点を明確化するために、あえて極端な立場の人なら言うであろう意見を言ってみたり、突き詰めるとどうなるかを提示してみたり、こういうやりくりを故意にやっているのです。
こないだなんて思いっきり現象学的な意見を繰り出したりしましたが、それは私の立場がそこにあるのではなく、いろいろな立場に対するその人の反論を聞くことによって、その人の考えを明確化するためにやっておるわけです。私の放つ相対主義も、神経還元主義も、認知主義も、適応主義も、構成主義も、ここで書いているアイディアも全部そうです。

そんなわけで、議論の場で極論を持ち出すことが多いですが、実際のところ私自身の立場はかなり穏健です。しかしこれも、極論を考慮に入れ、それへの反論を見極めたうえでの穏健です。なんでもかんでも「ああ、それもあるね。それもおもしろいね。それも重要だね」って談合してる日本によくいる学者さんの穏健とはまったく異なります。

まあ誤解は慣れっこなんですが、それにしても誤解は減るほうがよいので。

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