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2005年10月

CTとCT

Computed Tomographyの話じゃないよ。

思うに、批判的思考(CT)の研究者は、認知療法(CT)をもっと勉強したほうがよいのではないか?
もちろん、認知心理学の「認知」と認知療法の「認知」は一致しないのだが(それどこか認知心理学の「認知」と教育心理学の「認知」も一致しないかも)、それにしても、先の両者の扱う現象や両者の目指すものはかなり近いように見えるので、認知療法の知見が有用だということは十分にあり得ると思われる。

まあ、心理学者は他学問の勉強どころか心理学の他分野の勉強すらあんまりしないんだけどね。

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学校

また極論を書きましょう。
なるほど、
「学校とは道具の使い方を教える道具である。」

「学校とは道具の使い方を教える場である。」とも言えるときもあるが、つまるところ「場」は「道具」であるので、
「学校とは道具の使い方を教える道具である。」

「学校では道具の使い方以外も教えてるんじゃないのか?」ほう、それはありそうな意見だ。しかし、答えはノー。学校は道具の使い方しか教えない。もっと言えば、「道具をうまく使えるように矯正する」のが学校だ。あえて「学習」という言葉を使わず「矯正」という言葉を使うのがミソ。体育や音楽や美術に限らず、漢字の暗記だろうが、計算の仕方だろうが、町の歴史探索だろうが、全部道具の使い方を教えている。わからなければ反計算主義の急先鋒たちの主張を勉強しなされ。何を教えようとも、
「学校とは道具の使い方を教える道具である。」

道具の使い方を教えるのだが、しかし、「うまい」使い方を教えるのではない。ただ、ある1つの使い方を教えるのである。それが一番よい方法なのかどうかはあまり関係ない。教えたいものを教える。むしろ、どの使い方を教えたいかは「歴史と伝統」によって影響を受けているところが大きい。
「学校とは道具の使い方を教える道具である。」

学校は「生き方を教える」のでもない。これは、この手の話にのっかる、よくある誤解だ。生き方は教えてくれない。道具の使い方は教えてくれる。限られてるけど。それが学校。
「学校とは道具の使い方を教える道具である。」

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distributed soul

すばらしい概念はあるものだ。
Rudolf H. Lotze
George H. Lewes
すばらしい概念を思いついた人もいるものだ。

心とはなにか?
それは意識的なものか?無意識的なものでもよいのか?
魂と心はどう違うのか?何をもたらすのが心で、何をもたらすのが魂か?あるいは何ももたらさないのか?

この「心とはなにか?」という問いは、心の仕組みがどうなっているか?という問いではなく、どこからどこまでを心だとして囲うのか?という問いである。

果たして心は1人に1つか?

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トンデモ

「心が機械に影響を与える」
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050720301.html

このタイトルはイカンのですが・・・まあニュース記事のタイトルなので仕方なく引用。

このような研究が常に厳しい目にさらされるのはもちろんその妥当性が「怪しまれる」からだが、だからといって、安易に否定するのも間違いである。
このような研究を「トンデモ」と呼んで冷やかす人がいる。

トンデモという新しい言葉を作ったのはかまわないし、彼らの「トンデモ」の定義に当てはまる研究があることは確かだ。しかし、わかっている人はわかっているように、トンデモはいわゆる擬似科学と同じではない。前者に後者が含まれる(らしい。これらの語の定義によれば)。ここが一般人の理解として行き届いていないのがまずい。
そして、上にあげた記事にあるような研究を非科学的だとまで言ってしまうのはおかしい。というかわかっていない。確かに科学的検証が不十分なのに無根拠な主張をしているケースはあるのだが、彼らのネタの範疇にはそうでないものも入ってしまっている。

常識や通説に合わなければなんでもかんでも「トンデモand擬似科学」と言ってしまう人がいるのだが、われわれの目からすればそういう人のほうが科学のなんたるかを理解していないように見える。私はこの「トンデモ」嘲りブームにはちょっと気がめいる。たいてい間違いや誤解が含まれているからだ(少なくとも私は、1つもそれが含まれていない本は今まで見たことがない)。しかも私も少数派だし。

トンデモを斬る本が多数出版されている昨今、市民の皆さん、そういうものを読んで日々の生活でだまされないように努めるというよりも、そういうものを「読むとき」こそご注意あれ。

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