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進化心理学の見極め

「○○さん、進化心理学ってどうですか?」という、いかにもな三流質問に答えてみる。

以前にも書いたが、進化論的な視点は、進化心理学者を標榜する研究者に限らず誰しもが持つべき、つまり(各分野の研究テーマを縦糸としたときの)横糸な、次元である。
この視点については、理論を作るときにそこから外れないように注意しておくべきもの、ガードレールのようなもの、としての役割は同意できる。しかし、それ以上のものを期待できるかどうか、すなわち、ダーウィニアンな原理や適応を考察の中心にもってくる研究が、そうしない研究には不可能なような理論的発展をもたらすことができるかについては、はなはだ疑わしい。
というのは、進化心理学的アプローチが優位性を持つためには、進化的原理から演繹的に仮説を導くことができて(これはこのアプローチをとる人が売りにすること)それが実験によって実証された、というようなことが行われる必要がある。これはすばらしいし、そんなことに成功している研究があれば私も万歳三唱だ。しかし、単に実験結果について(後付け的に)進化的な風味をつけて解釈するだけの研究は、他のやり方に比べてまったく生産的な部分がない。
たとえば、「こういう特徴は適応的だからヒトが持っているんだ」みたいなことを堂々と書く人がいるが、適応というのは環境と相対であるから、環境を特定しなければ適応的かどうかなんて考えようがない。そしてそんなもの(当時の環境)を明確にあわせて打ち出している人は滅多にいない。結局、日常的なある種のCHR説明と似たような、証拠のない推測で終わる。
そういう解釈はようするに歴史学と同じく過去に関して物を言うわけで、現在の「人間」についての新しい知見をもたらさない。そうではなく、もし進化心理学によって専売特許的な新しい知見がもたらされるとすれば、その研究には進化的視点がなければ見つけようがないような現象を予言するなどの面があるはずで、昔話はどうでもよく、進化的考察からは過去ではなく未来についての仮説を導くことが必要になるのだ。
よって、この「厳密な」ダーウィニアン・アプローチをとるもの以外の進化心理学は私は認めない。それらはただ現場を混乱させるだけの無用なお話屋さんである。心理学には必要ない。
そして、当の「厳密なダーウィニアン・アプローチ」についての私の評価はどうかと言うと、これはこれで見込みが薄い。進化的考察から他では出てこないオリジナルな予測を導くという作業は、他にもまして困難なように見えるからだ。もしこのアプローチで成果が出たらそれはすばらしいと思うが、学生にはお勧めしない。道程の困難さに釣り合った収穫が得られる可能性は極小だと思われるから。なにより、そのへんの心理学者以上の知識と理解が要求されるから、優秀な学生にしか不可能。

ということで、進化心理学は秀でたバクチ打ち以外にはおすすめしない。それ以外の人はボロが出ないように自分の心理学研究で進化論的な言葉を口にしないのが賢明。

私は進化心理学というものを初めて聞いたときからずっと変わらずこのように考えているので、進化心理学に対する私の見解を誤解していた人は改めてください。

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