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心理学での流行に物申す

心理学において流行した、あるいは現在流行しつつある(新しい活路だと持てはやされている)各アプローチに対する私の批判と、それでも拾える(そこだけは同意できる)ところを列挙して、私の立場が明確に伝わるための一助となることを期待する。

行動主義
いまさら書くまでもないが、システムの内的メカニズムを無視しては先に進めない。システムを改変することや、おなじ機能を持つシステムを作り出すことなど永遠にできない。環境刺激と客観的行動との結びつきが他の自然科学が扱うのとおなじ因果的関係だと前提したことは、まったく同意できるし重要。そこで調べられた外的刺激の影響力も今日以降の理論発展のための強力な手がかりになるから、研究成果には意義がある。科学が扱える範囲をわきまえようとした姿勢も良。

ゲシュタルト
豊富な現象のリストはよい手がかりになるが、統一的、予測的な理論がない。ただ事例がおなかいっぱいになるほど運び込まれるだけ。これらの現象について、メカニズムにも言及した予測力のある理論が提出できるならすばらしいのだが、まだ実現せず。力学的概念の導入はなかなか好感が持てる。

進化心理学、進化論的アプローチ
以前に書いたとおり。現代人の記述に関しては、厳密に進化ドリブンなアプローチ以外は無用だし、当の厳密なアプローチについては、証拠の乏しい現状では極細の活路しかない。進化論は常識的なガイドライン程度にすべし。

身体化、状況論、生態学的アプローチ
これらは当たり前なことを吹聴しているだけ。環境が、状況が、身体が重要だというのは誰も反論しない。当たり前なことを言うのは、みんながそれを信じてない場合にのみインパクトを持つはずだが、彼らが強調するように身体や状況の要因を無用だと主張した研究者など果たしているだろうか(反語)。それゆえこの種の話はほとんどアンチテーゼにもなってないし、当たり前な一側面を調べているだけで、周りから見ればまったくすごいことはしていない。往々にして大言壮語。ただ、ふつうに調べるべき事柄ではある。

質的心理学
まったく意味不明。科学的方法論をきちんと理解していないだけではないかと思われて仕方ない(科学的ではないと称するなら別だけど)。事例の記述が重要なのはそのとおりだが、それは手がかりであって、誰でも(質的心理学を標榜していないふつうの研究者でも)やっていること。その先に話を進めよ。もし「いや統計的解析もやっている」などというなら、それはもはや独特の「質的研究」ではなく、彼らが「量的」と呼ぶ研究との違いがなくなる。結局、退化したか同じところで後ろを向いただけかのどちらかだ。

情報処理アプローチ
主流。枠組みは悪くない。しかし、懸念される点がいくつか。一つ、「情報」とは何かがあいまいまなまま(研究者間で合意しないまま)進んでいる研究者が多い。なんとなく情報。一つ、システム性を考慮しないものが多い。単発のプロセスばかり考える。一つ、「処理」において計算主義的には表象の概念がキーであるにもかかわらずそこへの理論的考察が薄く力学系に尻をたたかれている。

二重過程論
流行ってきている。しかしこれは数々の心理学的証拠を丸くおさめるためのとりあえずの妥協案に見える。もっときちんと考えれば、2種類に区分する必要はなくなると私は思う。しこりとして強烈なのはやはり意識と意志。将来潰れるとしても理論的精緻化へのステップとしての役割は果たしていると思う。この論に対する私の立場は以前書いたが、私みたいに距離を置く人がそろそろちらほら現れるころかも。


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