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意識は何のためにあるか?

いかにも目的論的なタイトルだな・・・。
いや、これはよくあるキャッチフレーズ(客引き用語)で、実の内容は、意識の「機能」についてである。

意識が何に影響を受け、どういう効果を持つか、という問題(特に後者)には現在までにいろいろな説が出されている。
エピソード記憶と関係があるというのもそのうちの一つで、よく聞く話だ。
しかしこれが正しいかどうかはまだわからない。
たくさん説はあるが、機能を主張するタイプの説にも決定的なものはまだなく、それらは機能の不在を主張する説との論争の中にある。

で、先日、学会の大会でこの手の話がされるというアナウンスをもらって、近所だしせっかくなので参加してなにかおもしろいことが聞けないかと期待したのだが、ぜんぜんダメだった。
肝心のところ、すなわち具体的にどのような機能があるのか、についてはあいまいにしたままで、話の中にそのほかの新発見すらまったくなし。
なんとかひねり出された質問も的外れで、眠かっただけでした。他の参加者の方は、わかりきってて聞くことがなかったのか、まったく初耳で理解が追いついていないのか、どっちだったんだろう・・・。

発表の中で、機能的意識と現象的意識という区別をちゃんと哲学者に聞いておきながら、それぞれをきちんと理解されていないように思いました。なので、私などの議論からすればそもそも話がかみ合わない。working memoryの理解も同様で、発表後に司会者に指摘されているし。テーマの着眼点はよいとしても詰めが甘すぎるというか、まあ分野が違うから仕方ないのか。それでも出版とかするなら責任持つべきだと私は思うんですが。

さて、本題ですが、エピソード記憶と意識が関わっているとしても、どのように関わっているか言わなければ何の意味もない。そしてどうして意識体験が必須なのかとか、関係するのがエピソード記憶だけでなければならないのかとか、そのあたりのたくさん出てくる疑問に答えられる説明でないと、そこから先進まない。だから、この説は今のところまったく当て勘レベル。
エピソード記憶が意識と関わっていそうだという直観的連想はわかる。でもそれだと、顕在的記憶は全部意識が関わっているではないか。
過去を記憶すれば適応度が上がるだって?そりゃあ上がるでしょう、情報増えてんだから。なにもエピソード記憶でなくても。
進化的な話も、どうしてかボタンを掛け違っていると思われる。ネオ・ダーウィニアンな進化論がどういうものか、とかその辺の説明は間違っていないのに、それを自説に適用するときにどうしてそうなっちゃうのかなぁ。
そして、根本的なズレは、われわれの疑問は現象的意識に関してであって、それにどう答えるかが無いと話にならないのです。いろいろな答え方があるけども。今回の講演ではその部分はおじゃん。NNだからどうだと言うのだ。

ひとつ、よい杭打ちだと思ったのは、制御モデルの話をされているときに、「これだけならワーキングメモリは必要ない」とおっしゃったこと。後で司会者がそこを打ち消したが、この点はそうではなくて、発表者の考えを真剣に吟味すべきだ。こういう部分だけは、さすが専門家ゆえか、発表者の見解は聴衆の大多数より見通しが利いていると思われる。

ああまったく。エピソード記憶に意識が必須な理由を教えて給へ。

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