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abduction

私は本業で「説明が人の認識の基礎である」という可能性を主張している。

よってアブダクションをかなり重要視しているわけだ。

で、いつもの習慣の一環で「科学哲学の冒険」を読み返していたら、納得いかない分類が載っていたので持論と合わせて書いておく。
p.51にて、帰納を、枚挙的、アブダクション、アナロジーと3分類しているが、私に言わせれば、アナロジーはアブダクションだ。
P を任意の述語として、"P(x)" と "似ている(x, y)" から "P(y)" だと導くのがアナロジーだとされているが、これは背後に説明が存在している。すなわち、「似ている(x, y) が真なのは何か共通のもの(性質、他との関係性)がxとyの間に横たわっているからだろう」という仮説で、そこから、「P が y にも当てはまるだろう」、とされるのである。
こう見れば、あきらかに、アブダクションである。
もちろん、不完全帰納(本の中で列挙的帰納と呼ばれているもの)もアブダクションである。「それらの個々の事例に共通する何かがあってそれがその性質をもたらしている」という仮説があり、それによって一般化や(これはそのもの)、他事例への拡張が導かれる。(これは私が卒論で展開した説明。)

アナロジーとアブダクションは、特殊帰納と一般帰納を同じと見なすのと似た理屈で、同じだと言えるいうことがわかる。
特殊帰納は一般帰納が行われその後の演繹として実現される、と考えることが多いが(これには必然的な理由はない)、それを認めるならば、このアナロジーがアブダクションの一種である、というのも認められるだろう。上記のような説明生成が行われていればいろんなアナロジーが可能になる。
もちろんこれは合理性の直観を前提しているからで、それがなければ厳密には特殊機能と一般帰納は分離されるし、アブダクションも分離されるだろう。

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