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人とヒト

先日メールで他者の言葉を引用するにあたって「人を理解すること」と不正確にも書いてしまい、「ヒト」ですよ、と注意をいただいた。個別の人ではなく、ヒトという種だ、ということらしい。
もちろん私はそういうつもりで「人」と書いたのではないのだが、しかしこれは、おもしろい話題を提供してくれる。

人とは何であろうか。もちろん特定の一個人ではない。それでは「人」の指す範囲としては狭すぎる。個人の集合であろうか。表へ出るとその辺にいる、どれかの個人。このあたりの定義でよいのか。これではどの範囲を指すのか明確でない。心理学的な一般原理の適用範囲から考えると、今地球上にいるどの個人を指しても人と言ってよいだろうから、単にpeopleである。

一方、種としての「ヒト」とは何であろうか。いや、そもそも種とは何であろうか。心理学がその対象の一つとするヒトとは、もっぱら現在のヒトであるが、種とは変化するものである(らしい、ダーウィンによれば)。そうすると、「ヒト」が指す種は、いま私と時を共にする個人たちをもっとも代表的な(厳密に言えばそれだけを)メンバーとするはずだ。少し前のヒトは(ヒト科ヒト属に分類されるとしても)もはや今現在われわれがヒトという言葉で指す対象には相応しくない。なぜなら機能的に異なる可能性が大いにあるし、文明的、文化的には当然異なっているからだ。そんなに異なっていたら、心理学的には同一の原理が成り立つ同じ母集団だとは(少なくとも単純には)言えないだろう。

そうすると、さて、ヒトと人はどう違うのだろうか。
カテゴリラベルだと考えるとその外延は重なってしまうように思える。
指す側面が異なる(例えば「人」は文化的側面を指す、とか)という道が残っているように見えるが、これを考えるのはよろしくない。なぜならば、心理学がロックオンするのは個体やその集合であって(場合によってはその周りのものも取り込むが)、それらがどういう側面をもっているかはすべて込みにして研究対象となるはずだからだ。

そうすると、人とヒトの違いは、側面の「強調」の程度くらいかなぁ。

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