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公理論的再構築

先日の私のプレゼンの中で出した(けど時間が無くて十分に説明しなかった)言葉。

私が意味したのは、現代の心理学で何気なく使われている概念をすべて根本から見直して、基盤にしても良いと確信的に見なされる概念だけを(厳密に定義した上で)残し、その上に理論を作ろう、ということ。
そういう意味で、公理論的だし、再構築なのである。

これを煽っている背景には、現在の理論があまりにも素朴心理学的だというところがある。
それによって、理論でうたわれていることとその中に登場する言葉の解釈の多義性や、予測の多方向性など(すなわち予測にならない)、もろもろの欠点が生じているのである。
これは科学的理論としては好ましくない。
よって再構築したいが、あくまで公理的に、と付け加える。というのも、懐疑論的にすべてを疑いだすと、デカルトみたいになっちゃうので、逆に生産的でなくなると思われるからである。我々がもっている概念のうちの基本的ないくつかは、それがないとそもそも世界などという認識がなりたたないような代物である。そしてまた、それらを前提せずに定理的に導き出すのは不可能なように見える。だからこそ、それらは(確認の上で)公理的に扱おう、という方針なのである。
もちろん、この公理的概念として何を選定するかが重要なのであるが。

私の自己制御系フレームワークや心理学的直観主義もここに根拠を置いているのである。

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