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素朴心理学の縮減

ちょっと前のプレゼンで本腰入れて私の理論の1割ほどを紹介したのだが、それでも説明時間が足りなかったためにこうしてちょこちょこ補足説明するハメになる。

素朴心理学の縮減を唱えて久しい。事典を構成したのは、そのためでもある。純真無垢な学部生だったころから、「態度って何ですか?どうして前提されているんですか?」「動機って何ですか?」「記憶って何ですか?」「性格って何ですか?」こんな質問をして、先生や上級生を困らせたものだ。
わからない概念は使わないのが当然だと思われるのに、どうしてか「なんとかそれを説明しよう」という方向に進もうとする人たちが多い。

そもそもこんな問題が登場するのは、解釈と予測を区別していないからではないだろうか。というか、何のために理論を作ろうと試みているのか自覚していないからだと言ったほうがよいかもしれない。

「物理主義が正しいから、消去主義的に素朴心理学はなくしていこう」というのが私の主張なのではない。私にとって素朴心理学的概念を専門家の現場から減らす理由は、そこではない。単に、明確化と混乱の除去という理由である。たとえ物理主義が誤っていても、私の言うところの縮減は正当化され得る。

また、これは縮減であって消去ではない。完全に消去するわけにはいかない理由は以前にも述べたとおりである。私は説明一般に関してかなり道具主義的であるし、江戸川コナンのいう「真実はいつもひとつ」には賛成しない人なので、たとえ神経科学的理論で神経系の振舞いが完全に予測できる日が来たとしても、それ以外の説明概念が消去されなければならないということはないと考える。

さて、心の概念は行動の専門的説明概念として競争を生き残れるだろうか。

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