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社会性

社会性(sociality)は難しい。研究テーマに挙げておきながら、ひたすら後回し(長期的目標?)にしているのはそのせいだ。私はいくらかの社会科学者のように軽々しく、楽観的に、手当たり次第に調べるようなことはしない。

ある個体が社会的であるとは、他個体に能動的に干渉すること、あるいはその傾向である。

ここでいう「干渉」が含意するのは、因果的影響を及ぼす、ということ。

(この定義だけであちこちから反論が来そうであるが、まあ私みたいなか弱い鳥は早いとこ撃ち落してください。)

きちんと理解するには、社会化(socialization)と定義を比べてみるのがよい。ついでに社会的云々のあいまい性もわかる。

難しいとは言っても、これが研究テーマなので、考えざるを得ない。私の理論からすればこれを考えずには抱えた難問は解けないと思われる。思考研究は個人内の問題だと思っている人がたくさんいるみたいだが、私にはそうは思えない。とくに人間の意識的思考(感)は、社会性と深くかかわっているように見える。
でも、社会性は、切り口(に見える傷跡)が、たくさんあって、困る。

社会性はやはり個体と群との間の関係的性質の話だ。そうするともっぱらMMDだな。
進化的起源は横においておいて、発達がネックだ。こいつが人間の社会的機能をわかりにくくしている。
受精卵からお年頃まで非社会的環境で育てるなんてとんでもない実験をやればそりゃあ一気に進展するでしょうが、現状不可能だね。
成人だとどうにも決定的な証拠を出すのは難しそうなので、最終的にこの問題にずばっといくためには幼児を対象に調査をする必要があるだろう。それまでに私のスポンサーになってくれるか紹介してくださるかする偉人が現れるとうれしいなぁ。身を粉にして時給6!円で働きますゆえ。

そんな話はともかく、社会性は人間に特有な特徴ではないが、人間の社会性は特徴的なほど複雑である。この複雑性はもちろんインタラクションのたまものであろうが、私の着目する思考と社会性の関係に関しては、それほど複雑である必要があるかは疑問である。まあつまりは、原始的な思考は人間以外もやっていると認めるが、人間的な思考は複雑性のどっか中間地点で発生すると。

私がいつまでもsocioを外さないのはこういう背景。また、認知的側面に関心を持って研究しているのは、それに最初に魅かれたのではなく、他の問題を解くための論理的帰結からである。ようするに出張。上位の関心は他にある。


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