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ハチクロ

「消えてしまったものは最初からなかったものと同じなのかな」

ロマンスの世界で物語る人(理屈の世界との並存可能性を受け入れられない人)にとってはおもしろくないかもしれませんが、私としては理屈の世界の展望台からまじめに回答しましょう。

まず、「消える」と「最初から無い」は明らかに意味が異なります。とりあえず「消える」を「存在」から「非存在」への転化として定義しましょう(とりあえずね)。「最初から無い」は「常に非存在」として定義しましょう。両方とも時間軸上の間隔の概念が必要ですが、ある期間を対象と定めると、両者が異なるのは明確です。・・・ここまでは、つまらんですね。
問題は、このフレーズの「同じなのかな」で問うている「同じ」の意味です。(「もの」の意味は今回は扱わないことにしましょう。)
解釈のひとつとして、「意義が同じ」というのがあるでしょう。しかしこれでも「意義」の意味を定める必要があります。策の一つとして、「今後への影響力が同じ」としてみましょう。
人間を(memoryを持たない)state-determined system(マルコフ過程)と考えるなら、ある時点で「非存在」という状態であるならば、その後のprocessはその状態で一意に決まりますから、「消えた」結果の「非存在」でも「最初から無い」ゆえの「非存在」でもその人間の今後の道のりは同じです。しかし、人間がhistory-determined systemであるならば、ある瞬間の状態だけで過程を決められませんから、「消える」と「最初からない」の結末(今後への影響)は異なる可能性があります。そして、通常は人間はmemoryを持ったstate-determined systemだと考えられています。memoryとは、history-determinedのような振る舞いを見せるsystemをstate-determinedの枠内で説明するための概念です。よってこのmemoryの状態も同一であれば、「消える」と「最初からない」で違いはなくなりますが、通常はmemory状態は過去の状態を反映している(痕跡がある)と考えられる概念ですので(その程度が問題になりますが)、「消える」と「最初からない」で現在のmemory状態が異なるならば、それは未来への影響力が異なることになり、結論として「同じではない」ことになります。

ただ、「意義」をこのように解釈することへの反論もあります。未来への影響だけで意義を決定できない、と。(ここでの「未来」とはあるeventの後の時間を指すので、過去の出来事でもそのeventより後であれば「未来」です。) しかしこれは自然科学者の見方としては劣勢意見でしょう。

よって、心理学で主流な考え方では、「消える」と「最初から無い」は、現在のmemory状態が同じならば(かつ他の事情がすべて同じならば)将来への過程(状態の遷移確率)に違いは無く、現在のmemory状態が異なるならば(他の事情がすべて同じであっても)、将来(例えばその人の人生)において過程が異なり得ます。
ですから、「消える」と「最初から無い」が同じかどうかは、その出来事を記憶しているかどうかにかかっている訳です。忘れてしまっては同じになってしまうのです。
なんか希望的な結論になりましたね。

「実らなかった恋に意味はあるのかな」

「実らなかった」はまだ比較的あいまい性が少ないでしょうが、「意味」の意味を定めなければこの問いには答えられません。冒頭のフレーズと同じように定義して考える手もありますが・・・。まあこっちは皆さんに任せましょう。


もちろん、これ心理学者のためのネタです。

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