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不可識別者同一の原理

今日はじめて知ったのだが、以前に書いた同一性と識別可能性の話の根幹に関わる形而上学は principle of the identity of indiscernibles と呼ばれているようだ。
しかも Leibniz's law という別名があるらしい。
私が考えていることについてすでに先人が同じことを考えていた、というパターンを山ほど経験しているが、これもそのうちの一つに埋もれてしまうようだ。まあ私は車輪の再発明を楽しんだり、知恵の輪の位相構造を考えてニンマリしたりするタチで、おもしろかったならそれでよい。

ちなみに、この原理(というかより正確には昔の記事に書いたこと)は信念系の理論に深く関わるものだ。
物理世界においては、いくつかの形而上学的仮定(といっても常識的、素朴物理学的な仮定で十分)の下では、ある時刻のある対象Aと同一なのはそのAしかない。次の瞬間のA'はAではない。厳密に言えば。すると、日常的に同一と呼んでいるものは、対象についていくらか捨象している。
しかし、信念系において同一に表現されるならば、それらは同一なのである。もし、同じ対象に対して異なる内容の信念を形成することがあれば、それらは非同一である(前にも書いたけど)。ただ、上述の仮定の下で、かつ、1つの対象について同時に2つ以上の相異なる信念を形成することがないという仮定をするならば、後者はありえない。(信念の定義に注意。ここでは整合的確信的信念(BDI論理の定義のような)を漠然と意味している。)
この仮定はともかくとしても、同一性は認識論の問題だということになるな。

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