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演繹は知識が増えない?

先日、「もう使わないから」というので頂いた本を、ぱらぱらっとめくってみると、こんなことが書いてあった。
心理学の基礎 三訂版 培風館 p.189

演繹推理においては結論に含まれている情報は、全て前提の中に含まれている。したがって、演繹推理においては結論によって新しい情報が加わったり、新しい知識が増えたりすることはない。
演繹推理では新しい情報は増えないのに対し、一般的に帰納推理では新しい情報が増える。

ここで「知識」や「情報」の定義が問題なのだが、この本にはこれらの定義は書いていなかったので、これらの用語は素朴な意味だととってください、ということだろう。
で、演繹推理では知識は増えないらしい。

はてそういえば似たようなことを、と思って、調べてみたら、ネット上でもこう書いてあるところがごろごろ出てきた。ちなみにそういう記述には、Peirceによれば、と書いてあることがときどきある。でも正確な出典を明記していないので、どの論文のどのページだか定かではない。私自身もパースの本にそれを記してある箇所を見つけていない。

ちゃんと専門書にも・・と思って別の本も調べてみたら、
認知心理学 4 思考 東京大学出版会 p.39

「帰納とは、初期の観察や命題にたいして、意味情報を増加させる結論を導く思考である」(逆に、妥当な演繹は意味情報を増加させない)。ここで、「意味情報を増加させる」とは、起こりうるある事態を考慮対象から除外して、可能性を限定することである

ここでは Johnson-Laird (1993) を引いている。意味情報はsemantic informationの訳。問題はこれが何なのかだ。

それから、先の岩男さんの講演でも Holland et al.(1986) が引かれていたのだが、そこでは帰納とは、

不確実な状況において、知識を拡張する推論過程

とされている。ここで言われている帰納とは「非演繹のナンデモボックス」みたいな大雑把なくくりなので、逆に言えば、演繹とは「知識を拡張しない推論過程」であると言っているのだ。


さて、演繹によって知識は増えないのか?
これが正しいなら、数学で新しい定理が証明されても一切知識を増やしていないことになる。
そんなわけはない。そんなこと言ったら数学者に怒られるよ。

しかし、これらの記述が言いたいことがわからなくもない。
ではそこで増えないと主張されているのは正確に言うと何なのか?
それは、論理的に証明可能な真理集合を意味しているのである。この(仮に)真なるものの集まりのメンバーが増えないと言っている。それを囲うのは、論理的整合性の名のもと見えない地平の向こうまでのびる境界線である。これが全部見えるとするならいわば神の視点である。

だが、このような知識の記述は実は学問の世界ではよくなされるのだ。特に哲学や人工知能の研究において。
しかし、われわれの知識とはそのようなものではない。われわれは現在真だと信じ思い浮かべているいくつかの命題から論理によって証明可能なすべてのものを「知って」はいないのである。
そして、新たな命題を推論しそれを(論理なり何なりの根拠によって)真だと信じるとき、それは俗にいう知識を増やしたことになる。つまり、前に書いた利用可能性かアクセス可能性かそのあたりが境界線なのである。
これが、先にあげた数理的定式化に大きく頼る研究群がしばしば無視している点である。

少なくとも「心理学」の本ならば、知識が増えないなどと言ってはいかんのではないか。

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