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行動分析学

前に行動主義(いわゆる概念的行動主義)に対して典型的な批判を書いたから、アンチだと思われているかもしれないが、いやいや、私は基本的に行動分析学という学問(分野)を賞賛している。
なぜって、私が知るなかで最も有益な心理学理論体系だから。現在の認知心理学よりもなによりも。
だからべつに驚くほどのことでもない。

ここでの有益というのは、現在のところ応用的に、ということ。
行動分析学の成果はものすごい。誰も逆らえない。
研究者世界では隆盛の極みである認知心理学の理論なんて欠片ほどしか役立っていない。まあ、多くの大家は役立てようとも思っていないのかもしれないが。
教育も、認知のほうに行かずにもっと行動分析に近寄ればよいのに(そうする人は日本にもいくらかいらっしゃるのだが、いかんせん少数派のようだ)。
それがどうして、嫌われるのは、いわゆるピープルが大好きな「こころ」なるものを行動分析学が無視するように見えるから。その点で社会、認知心理学が好意を集めている。
しかしこれは間違いだ。これら心理学はそのような人たちが期待するような形のものではないのだ。ここに大きな誤解がある。認知心理学者自身もときどきこの誤解を共有している。社会心理学者はもっとすごいことになってる。
認知心理学のほとんどすべては未だに、主観と客観を橋渡しする論を明確に示していない。よって、荒唐無稽な主張をきれいにふるい落とせば、この「こころ」は研究していない、と結論されるのが認知心理学だ。方法論的行動主義は何のための「方法」を指しているのかを見間違えてはいかん。
「こころ」を大切に、というのは臨床心理学の守備範囲でもある。しかし、その言葉が真にそれを指示するのは残念ならが経験的学問において広く認められている方法論を採用していないタイプの研究であり、採用するタイプのものは認知心理学と同じ壁に顔をこすりつけている。どちらもその期待通りのものを市民に与えることができていない。市民がひとりでに与えられてくれるパターンがあるくらい。
脳科学者もどうしてか同じ穴に足をつっこみたいみたいだが(もっと安全な世界で暮らせるのに)、まだ彼らのほうがこの断絶を真摯に受け止めているようだ。

余談が増えすぎたので元に戻ろう。行動分析学の応用的成果が目の前にあるのだから、ほかの人達もそれを見習うべきだ。後付けの説明理論はどうでもよい。民は本当にそんなものに税金を使いたいのか?
例のグラントなどもよく取れるものだと私は感心するばかりだ。ほとんど騙しているとしか思えない。


これくらい書けばなにするべきかわかるだろうに。

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