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2008年6月

試験は何のため

審議会からまた場当たりな提案がでているようですが・・。
そういうのは行政の行動パターンなんだから、学者はもっと長期的・展望的なモデル提案をしなされよ。

いつも言っていることを簡単にまとめ書きします。あいかわらず浸透していないです。

まずみんなに理解してもらわないといけないのは、テストは何のためにやるのかということです。
それは、場合によります。
ただ、現実に行われるテストの目的は、大きく2種類に分けて考えられます。1つは、テストによって対象の属性をできるかぎり正確に測ること。もう1つは、テストによって測られる対象を順位付けること。
他にも細かい目的はいろいろありますが、大抵はこの2つのどちらか(あるいは両方)です。
前者の典型例は、医学的な検査やTOEIC、漢字検定などです。後者の典型例は学校入試やコンクールです。

テストの対象が人であり、測られる属性が知的能力であるものが、俗に学校で「テスト」と呼ばれています。

能力を正確に測るためのテストにて、「試験対策」をしていけません。それは、能力の査定をゆがめます。あなたがどんな能力を持っているのかを正しく把握できなくなります。テスト得点がそのような受験者の対策くらいで変動しないように作れればいいのですが、現実的にそれは難しいです。ちょっとテストを工夫したとしても、世の中には教育ビジネスが存在するので、徹底的に得点を正の方向にゆがめる方法を解析されます。だから、現状では、テストを受ける人に自主的に「対策」はしないでね、とお願いするしかありません。(そんなことを先生から言われるなんて聞いたことないですが。)
つまるとこと、現実には、能力評価テストの得点は実際の能力よりも水増しされているということです。本来は能力評価テストは素の状態で受けるべきものです。なぜそんな歪曲を先生も親も行いたいのかは・・・ここでは言及しないことにします。

逆に、順位を付けるためのテストで少しでも高い結果を得ようと「対策」を行うのは、まともなことです。そのような競争で対象の質が上がることをねらっているテストの場合はとくにそうです。

多くの市民はこれらを混同していると思います。入試に「対策」をするのは結構ですが(その入試が順位付けの目的で行われるならば)、中間試験で「対策」をしてはいけません。本当はあなたが分かっていないことを、対策によって理解なしにたまたまマルになってしまったばかりに分かっているとされて(先生も自分も)そのまま進んでしまいます。これはあなたにとって単なる損です。大損です。その後悪循環します。
中間試験の順位など意味がありません(1位になったら学校から図書券をもらえるとかなら別ですが)。どの項目を正解し間違えたかという事実そのものとそれが表している能力査定にこそ意味があります。学校が順位を貼り出すのは、そんな風に順位が重要だと誤解している学生を利用しての動機づけのためです。つまり馬鹿にされているのです(あるいは先生も誤解しているのかもしれませんが)。非常におかしな方向です。本来は学校が動機づけをするとしても別の側面で行うべきなのですが。いや、はっきり言うと学校が動機づけすること自体が変ですが。

上で能力評価の例に挙げたTOEICなども、別の目的でそれが利用されるようになると事情が変わってきます。「TOEIC対策」が現実に存在するわけで、それは、そのテストの結果が別のどこかに送られ、入社可否、昇給などの単なる能力把握とは別の意味を持つからです。しかし、TOEICはそのような使い方がされることを最初から念頭に置いているので、テスト手法において小手先の対策程度ではできるかぎりスコアがゆがまないような努力がされています。(微妙にゆがんではいるとは思いますが)本当に英語ができる人でなければ高い得点はとれません。しかし教科担当の先生が作っている学校のテストではとてもそこまでできません。

基本的に、テストスコアが自己把握ではなく何かに「使われる」限り、TOEICと同じ問題が起きます。そこではテスト作成・運営側が方法論を検討し正確な測定のための方策を練る必要が出てきます。
しかし、学校の中間試験はいったい何に使われるのでしょうか。
親はテスト得点と子への報酬をつなげているのかもしれませんが、それは必要なことではありません(これは教科内容を理解することに報酬を与えるなという意味でははなく、テストの得点の数値だけに報酬を依存させるとおかしなことになるという意味です)。
あるいは校内や地域における社会的地位でしょうか。これも学校が本人以外に公表しないという対処をすればそのような不必要な結びつけは回避できます。そして公表する必要は実際にないのです。まあ、学校社会の問題はそう簡単ではないのですが。
学校の中間試験は、自己把握のために純粋に使えるものを、わざと他の(仮想)目的と結びつけているように思われます。
だから、能力評価テストとしての中間試験は、テスト作成担当の先生が難しいことを考えなくても、学生の目的が自己把握以外のところに向いていないならそれで万事OKのはずです。
なんで子供に夜食を運ぶかな。

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