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2009年7月

お子様の核磁気共鳴画像

ひょんなことで、会議に出席し、日本の脳科学の本当の第一人者であるS先生と話をさせていただく機会を得た。

MRIの結果を解釈する際のネックはたくさんあるのだが(これとかこれとか)、BOLD法のMRIにて困るのは、そもそもMRと血流の関係が一定でない(成人と子供では異なる)ことである。これについてS先生に詳しいところを教えていただいた。
人間の場合、生後2ヶ月ほどでマイナスに転じるらしい。ほへー。そして成人になるまでに戻るらしい。ほへー。
しかも、脳のすべてのエリアでこんな現象が見られるわけではない。
さらに、ホルモンなりなんなり、代謝に関して違うことが多すぎる。

まあ、私の所感では、現状、BOLDのfMRIは発達研究には使いにくいのである。

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レベルの持ち込み

先日の研究会の論点の1つ。

レベルの存在論の議論も行われたが、それは置いておくとして、、、
自分の研究に新しいレベルを持ち込んだり、無くしてしまったりするのは、研究者の恣意である。
さすがに無くしてしまうのは、わかっているものをわからないとシラを切るようなものだから、科学者のモラルとして問題があるとコミュニティに認識されるだろうということで、こっちはまだ制約があるのだが、増やす方はそうはいかない。増やすことで幾ばくか新しい事柄が判明したわけで、レベルを増やすなと迫る根拠がない。

上のレベルでも下のレベルでも話は成り立つのだが、例として、新しい群分けを導入するケースを考えてみる。
これは、現在の対象ユニット(例えば調査対象個人)が何らかのグループに属するものとして、その「グループ」という変数を導入するというものである。上位レベルの導入である。

シンプソンのパラドクスに代表される例を見れば明らかなように、新しい群分けを導入すれば、例えば群分け前の結論が正の相関という結論だったとして、それと同じ結論も、相関ゼロという結論も、逆の相関という結論も、全部あり得る。つまり、どんなタイプの結論も出すことができる。そして、この群分けの導入が恣意なのだから、研究者の恣意でどんな方向にでも結論を持って行けるわけだ。
ただしそのような群分けを見つけなければならないという点がキーポイント。

さて、群分けを見つける手続きはここには詳細に書かないとして、機械的に見つけた群分けをそのように好ましい結論の導出に用いることを遮ることができるだろうか?

研究会で挙がった1つの制約の候補として、仮説あるいは理論によってその変数を持ち込むことの正当化を求める、という案がある。つまり、説明がつかない奇妙な変数でたとえ群分けされたとしても、どうしてその変数を入れたのか合理的理由を説明しないとアクセプトしてもらえなくする、ということである。

しかし、こうしてしまうと、目新しい現象の発見を封じてしまうことになるだろう。つまり、なんだか仕組みはよくわからないんだけどこういうデータがでました、というのを依って立つ事実としてprimarilyに扱わず、すでに持っている仮説等に登場する変数のみを調べるよう方向付けられてしまうわけだ。

実際に現場でどうなっているかはともかく、完全にこのとおりに制約されていたら理論外の発展はまったくないだろうから、そうはなっていないのだろう。しかし、それならレベルの導入は恣意かというと、それもあやしい。
あるいは、新しいレベルを導入することで結論を変えられるということに気づいている人が少ないだけなのかもしれない。

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