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2011年1月

出版と専門書

一介の物書きの視点から言えば、出版社が担っている仕事は、大きく分けて以下の7つ:

1. アドバイザー
 想定される読者がどんな内容を求めているかやある表現が読者に理解されるかなどの内容に関する助言を行う
2. 校正者
 タイポや漢字のミスなどの校正作業を行う
3. デザイナー
 レイアウトや字体、色彩などのデザインを行う
4. 印刷者
 紙という媒体への印字、接着などによって物体としての本の製造を行う
5. 広告業者
 本の宣伝をし、買いたい人を募る
6. 流通業者
 運輸、店舗など自社の流通網を使って個々の読者へ配送する
7. 売買仲介者
 読者との代金のやりとりを仲介する

出版業界にいらっしゃる方なら超がつく常識でしょうが、読者が本を手に入れるまでにこのような仕事が含まれているということは、本の代金には、執筆者に支払われるお金以外に、これらの仕事すべての料金がちょっとずつ含まれている訳です。

さて、すぐに察していただけるでしょうが、これらの仕事は分業できますし、下請けに出すなど実際にされています。つまり、一社でこれを全部担う必要性はありません。

試しに、これを自分で全部やることを考えてみましょう。
どんな内容を書くかを自分で考え、
原稿ができたら自分で見直して誤字をチェックし、
パソコンを使ってレイアウトや配色を自分で決め、
プリントアウトして市販の製本グッズで留めて本を作り、
本を作ったよと伝えて回り、
話を聞きつけて読みたいと言ってくれた人の家へ原チャリで届け、
そこで代金を受け取る。

・・・全部できますね。
パソコンやプリンタなど家庭向けの機器が発達したおかげで個人でも簡便にできるようになりました。さらに、インターネット時代になって、自分で全部やるのはもっと簡便になりました。地球の反対側にいる人とでも、配送や代金の受け取りを個人でできます。

著者がこれらの仕事の一部を自分でやると、その分の代金も著者に渡ります。さらに著者によっては、その作業分の代金は勉強させてもらいます(サービスさせてもらいます)ということで、本の代金を安くできます。いわゆる「マージン」が発生しなくなるわけです。

これは、読者にとっても著者にとっても嬉しいことです。すると、本来的な売買取引の当人である二者とも幸せなんですから、自然とそうしていく向きに促されるでしょう。
では、実際にそうなっていないのは、どうしてでしょうか?まだそうなっていく途中段階ということなのでしょうか?

昔は、これらの作業を自分でやるのは、作業の専門性、作業量などの理由で、とても大変だったわけです。よって専門の業者に肩代わりしてもらったのです。業者がやる仕事は、自分でやるよりも質、量などの面で「良い」ものであるから、専門家(例えば印刷業者)という仕事が成り立って来ました。現代でもこれは同様で、校正にしてもデザインにしても流通にしても、自分でやるより業者のほうが良いものができるという点があるからこそ、多少本を高くしてでも業者に頼む価値があると思うわけです。

すると、自分でできることと比較しての、上乗せの価値の分が薄れてくると、わざわざ別業者に頼む動機がなくなります。これは潜在的な出版業界の危機です。よって、出版業者は、電子機器がどんどん便利になるこのご時世でも、なんとかして自分たちの仕事の価値を創出せねばなりません。
しかし、そのような生産的な方向ではなく、既得権益を守る方向で動く業者もいるようです。おそらく長続きしないでしょう。

出版業者の仕事は、一般的には、現在でもその価値を広く認められています。
しかし、とりわけ学術的に専門的な書では、価値が薄くなっていっています。

例えば、一般書や啓蒙書ではなく学術的な専門書は、その内容からして、専門家でない編集者がアドバイスすることが難しいものです。
また、専門書の読者(その大部分は専門家)は、デザインをほとんど気にしません。ネット上にレイアウト前のドラフトが公開されていたら、よろこんでそちらを読むような人たちです。極端に言えば、文や図表の内容だけでよい、あるいはWordでできるレイアウト程度でよい、と思ってらっしゃいます。
印刷と流通は、情報通信技術の進歩により、個人で十分まかなえるようになりました。専門書の読者はPDFをダウンロードして読むことに苦はありません。
専門書は、読者層が偏っています。そして、その読者層はインターネットのヘビーユーザに大きく含まれています。よって、広告はウェブページへの掲載と検索でほとんど足ります。パソコンをお使いにならない年配の研究者が引退され若い研究者が増えていくので、この傾向は今後も進んでいくでしょう。
専門書のうち、糧の中心として書かれるものはほとんどないです。なぜなら大部分の著者は大学や研究所などにその本の執筆を必須の業務とせずに雇用されており、また、専門書でお金儲けをしようと考えている人はまずいないからです。よって、なんなら原稿料はタダでもよいと考えるくらいであり、読者との金銭のやりとりは主眼にありません。
校正は、身の回りの人でできる上に、最近はパソコンが誤記を検出してくれるし、その気になれば校正だけの安価な専門業者もあります。また、ネット上で電子的に配布するのであば、いつでも誤記を訂正して配布し直しできるので、配布前の校正の重要性が印刷物の場合よりも薄れます。

このように、上に挙げた7種の仕事すべてに否定的です。よって、専門書については、出版業者の手を借りる価値がほとんど見いだせません。むしろ、著作権の譲渡やその他の契約による社会的デメリットのほうが大きいでしょう。
いまでも実際に多くの専門書が紙媒体で出版社から販売されて続けていますが、今後は減っていくかもしれません。というのも、それらの専門書の著者の多くはパソコンなどを使ってこれらの作業を自分で行うことを得意としないベテランの研究者たちであり、そして今後多少ともそのような研究者の人口は減少すると思われるからです。

しかし、別の社会文化的な要因が働いて、若手の研究者が一冊何千円もする本を売ることに価値を置いてしまう可能性もあり、そうなると不幸なことに大勢は変化しないでしょう。
例えば、出版社から「売られた」ものだけを業績にカウントするような制度では、そうならざるを得ません。
よって、そうならないように、私たちが新しい研究者の「教育」と制度改革を行うことが望まれます。

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