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形式体系とカラッポの構造

述語論理に関する以前の記事がけっこう反響があるようなので、続編めいたものを。

前は量化子をネタにしたのだが、そのような記号を含んでいる公理や推論規則を入れた形式体系(formal system)は、それによって解釈(interpretation)を制限している。これはフツーのことであり、記号論理学において推論規則や論理公理(logical axioms)は論理記号の意味を絞る役割を担っている(これをどのようにして成すかがまさに形式化の仕方の違いである)。
全称例化の公理図式を組み入れるということは、モデルのユニバースを空にすることを禁じる。WikipediaでStructureについての記事にて

This is similar to the definition of a prime number in elementary number theory, which has been carefully chosen so that the irreducible number 1 is not considered prime. The convention that structures may not be empty is particularly important in logic, because several common inference rules are not sound when empty structures are permitted. (retrieved 2011-08-17)

とあるように、確かにこれは広く用いられている慣例である。しかし、慣例であって、体系を作るのに必須ではない。もちろん、これを抜いてしまうと体系としては 貧弱貧弱ゥ!! なことになる。数学者はそんなものにまったく興味を持たないかもしれない。
ただ、その場合でも述語記号はいくら用意しても問題ない、というのがひとつポイントである。つまり、見た目広辞苑を全部カバーするくらいリッチな述語記号セットを張りぼてすることもできる。

論理学者や数学基礎論者は、まず formal な系を与えてその性質について調べる、という方向での仕事に興味があるかもしれないが、数理論理学の成果を応用したい人たち、例えば自分の分野の理論を形式化したい科学者などは逆だ。(多くの数学者もそうかもしれない。)すなわち、まず構造ありきである。そしてその構造をモデルにしてくれるような理論体系を後から作る。もっと日常的に喩えれば、言いたいことがまずあって、それからその記号的表現を考える。この順序がフツーだ。
加えて重要な特徴は、科学者はユニバースをコロコロと変えて考える。つまり、ユニバースは静的なのがドンと1つあるのではなく、文脈によって相手にする範囲は動的に変化するのがフツーである。
このようにユニバースが(従って構造が)文脈によって変わってしまうのを避けるために、すべてを含むユニバースを用意しておいて ∀x∈D. P(x) とか∃x∈D. P(x) とか、条件をつけて話したい範囲を限定した定式化を行うという事例もよくある。
ここで ∀x∈D. P(x) と ∃x∈D. P(x) はこの形だと似ているが、きちんと書き直すと似ていない形になるというのが、前の記事での要点と関連する。

現場の応用者は対象範囲の条件をコロコロ変えて話をするので、話の流れでいつのまにか対象範囲が空になっていたりいなかったりする(もちろん自然言語で対話しているときも)。よって、 ∀x∈D. P(x) は D が空でも成立する(一方 ∃x∈D. P(x) は成立しない)というのを理解し注意しておくのは、科学者がロジックでこけないために不可欠である。
先に指摘したように、対象領域が空であっても(科学者の話に該当するものは1つも存在しなくても)その分野の理論における述語はどんどん着飾ることができる。だから、なんか専門用語がたくさん入った理論を提唱して世界を記述した気になっていても、実は何も記述していない、というのは極端な例としてありうる話だ(そんなマヌケなプロはいないと期待したい)。

まあ、そもそも意味不明な用語が多いのをなんとかしなければスタート地点にも立てないのだが。

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