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2011年12月

良い問いと悪い問い: 一方そのころ

先の記事から削った余談。


二、外の世界のほんとうの有り様とか法則とかは、我々の能力ではすべて思い浮かべられないかもしれない。

これは、これまでにも書いた感覚の性質にもとづく論(例えばこれなど)とはちょっと違って、悟性の限界の意味です。
たぶん過去に同じように思った人がたくさんいたことでしょう。

先の記事では、図の B に含まれない A の話でしたが、こちらは A に含まれない B (以下これを I と呼ぶことにします)の話です。


そういう I があったとしたら、我々にはどう見えるのか。
端的に言って、まったく無関係でいられるかもしれません。あるいは、「この世界ってよくわかんない世界だな」となるかもしれません。しかしそのよくわかんなさの原因を知ることはできません。
すなわち、I があるのかどうかは当然認識できず、よくわかんないのが A の内側のせいなのか A の外側に何かあるからなのかを区別できないのです。

二次元に落とした影からは元が何次元だったのかはわからない、のと同様です。


これは、我々によるこの世界の理解の限界点を言っているわけですが、しかし、
認識能力が誰しも、未来の誰もかも、同じであるとは限りません。
つまり、我々とは根本的に違う能力を持ち、違う仕方でこの世界について考える人がいるかもしれません。それこそが進化というものを支える要素なのですが。

よって、世界の把握をあきらめる必要はない。

でもなー、どうしてそれが人だということがあろうか。

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